いまや会社にとって海外進出を考えることは重要な生き残り戦略の一つになっています。また、最近は一般の方でも、個人事業主として海外との取引を行うケースも増えてきています。
まず海外進出するにあたっては、その国のことを色々調べたり、時にはコンサルタントや専門家(弁護士、会計士etc)などを雇って現地で動いてもらったりアドバイスを受けたりといった機会が出てきますね。
少し日本の税制を知っている人であれば、こんな風に悩んでしまうかもしれません。
今日はそんな疑問に、私が会社で海外事業を担当していた際に実際に経験した事例を元にお答えしていきます。早速結論から行きましょう!
非居住者が来日して仕事をする場合は源泉徴収が必要
非居住者である海外のコンサルや専門家が、日本にやって来て仕事をする場合は源泉徴収が必要です。
(メール、電話、ビデオ会議のみで海外から仕事をする場合は、源泉徴収は不要です。)
結論だけ読むとシンプルですが、なぜこういう結論になるのでしょうか。
よろしければ、下の解説も読んでいって下さい。
非居住者に対して源泉徴収義務が発生する場合とその理由
今回も実際にあった事例を使って解説していきたいと思います。
- 日本法人A社はオーストラリアの事業に投資しています。
- オーストラリアの法制や英文契約書作成のため、現地の弁護士Bと業務委託契約を結びました。
- A社はBから主にメールや電話会議でアドバイスを受けていました。
- 必要な場合はオーストラリアにA社の社員を出張させて対面でのミーティングを実施していました。
- A社はBに業務時間に応じて報酬を支払っていました。
さて、上の例でA社には源泉徴収義務が発生するでしょうか?
源泉徴収をご存じない方の為に少し解説
源泉徴収は、支払いを受ける人ではなく、支払いをする側が代理で税金を納付する制度です。
本来、お金を受け取った所得について申告・納税の義務を負うのはお金を受け取った人です。
ですが、かつて日本が戦時体制にあった時代、戦費を効率的・迅速に集める目的で「支払う側に税金分を差し引かせることで、納税者から税金を早く徴収する」という制度ができました。これが源泉徴収です。
給与をもらっているサラリーマンであれば、毎月の給与明細を確認してみて下さい。給与の額から差し引かれている所得税が、源泉徴収です。
非居住者(日本に住んでいない人)も、日本に納税すべき時がある
弁護士Bはオーストラリアに住んでいながら、サービスを提供している相手は日本にある日本の法人です。
Bが日本に住む弁護士であれば、Bが受け取った報酬に日本で課税されるのは当たり前ですよね?
ですが、サービスを提供する人(=報酬をもらう側の人)が海外に居る場合に、その報酬には日本で課税されるのでしょうか。
この問題を考える場合、所得税法に戻ってみる必要があります。所得税法の212条に非居住者に対する源泉徴収義務を定めた条文がありますが、ポイントになるのは以下の部分です。
非居住者に対し国内において第161条第1項第4号から第16号まで(国内源泉所得)に掲げる国内源泉所得の支払をする者(中略)は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、(中略)これを国に納付しなければならない。
はい、強調した部分だけつなげて読んでもらえればわかりやすいと思います。
上の例の場合「国内源泉所得について所得税を徴収」する義務を負う可能性があるのは報酬をBに支払うA社ということになります。
そして、その義務を負うのは「Bに払う報酬がBの国内源泉所得に該当した場合」なのです。
では、国内源泉所得ってなんでしょうか。所得税法212条にはその説明はありません。どうやら所得税法の161条1項を読まないといけないようです。
国内源泉所得とは何か
所得税法の161条1項にはこんなことが書いてあります。
原文は読みづらいので読みやすい部分だけを抜粋しました。所得税法の161条1項には、一から十六号まであり、ここで国内源泉所得とは何かを定義しているという雰囲気を分かって頂けますでしょうか。
さらに、各号のはじめの部分を見ると「国内」という言葉があり、日本の国内で発生した所得や対価について述べているのだとわかります。
で、ポイントになるのは六号です。六号は人的役務の提供について定めていますが、モノの販売や、不動産業のような資産の運用を行うビジネスではなく、人がサービスを提供することを人的役務の提供といいます。
で、実は弁護士業務は人的役務の提供に該当するとされています。
人的役務の提供の例
映画俳優、会計士、エンジニアや経営コンサルタント等の専門的知識を有する人等の仕事が対象
そうか!じゃあ、Bの弁護士業務は国内源泉所得だね!・・・と言いたい所ですが、もう少し考えてみましょう。
どこで仕事をしたかが大事
Bが仕事をしていた場所はどこでしょうか?
Bはメールや電話会議のみでA社とコンタクトしていたので、オーストラリアで仕事をしていたことになります。
一方、人的役務が国内源泉所得に該当するのは「国内において」人的役務の提供を行った場合と書いてあります。
つまり、人的役務の提供がオーストラリア国内で行われたBのケースは、所得税161条1項六号の「国内において人的役務の提供」をした場合には該当しないのです。
A社の社員がオーストラリアに出張してBとミーティングを開いたことについても、当然、日本国内で行われたミーティングではないので、該当しません。
従って
A社はBに対する報酬の支払いは、Bにとっての国内源泉所得では無いため、A社は源泉徴収義務を負わない
というのが結論になります。
もっと複雑な事例もある
上の例は、メールと電話会議、そして日本国外でのミーティングのみのケースなのでシンプルです。
世の中にはもっと複雑なケースもあるでしょう。
例えば、国外からメール等で業務を行うのに加え、来日して業務を行う場合です。
この場合は、以下のように業務を行った場所によって源泉徴収義務の有無が変わります。
業務の場所 | 報酬に対する源泉徴収義務 |
日本 | 有 |
国外 | 無 |
タイムチャージで国内外での業務時間がはっきり区別できるのであれば良いですが、報酬を一括払いする契約になっていると報酬何ドルに対して源泉徴収義務があるのか、判断が難しくなってきます。
また現実問題として、報酬の一部は満額もらえるが残りには源泉税がかかるため満額もらえない、という契約条件には、役務を提供する非居住者が納得しない可能性もあります。
報酬の受け手がもらう金額が変わらないよう、契約書で国内外の業務に対して異なる報酬額を設定するといった工夫が一案としてありますが、契約書を弄くる前に、確認しておくべきことがあります。
それは、租税条約です。
日本と外国で結ぶ租税条約には源泉徴収義務免除の規定が設けられている場合があるので、日本の法人が海外の専門家と契約する場合は確認必須です。
租税条約
租税条約とは、国同士が国境を超えた取引に対する課税権を調整するために結ぶ条約です。
これも日本とオーストラリアの具体例で説明しましょう。これらの2カ国間でも租税条約が締結されています。
弁護士業務の提供は日豪租税条約7条(事業利得)に関係してくるのですが、用語の定義にこだわらず敢えて超簡単に解釈すると「弁護士Bが日本国内に拠点を持っていない場合、Bが日本国内で提供した弁護士業務の報酬に課税する権利はオーストラリアに有る」ということなります。
え?さっき日本国内で仕事したら日本の源泉税を取られるって言ったじゃん!って思った方は、上の解説をちゃんと読んでいただいた方ですね。
そうです。日本の所得税法上では、日本にやって来て国内で弁護士業務を行ったら日本に課税されるのが原則なんですが、租税条約は日本の所得税よりも優先されるルールなのです。
その租税条約で「日本に拠点(正確には恒久的施設といいます。例えば事務所だったり、長期間滞在できる家なども該当します)が無い人には、日本は課税せず、オーストラリアが課税できる。」ということが定められているのです。
つまり日豪租税条約のおかげで、仮にBが来日して仕事をしたとしても、A社は報酬から源泉徴収しなくて良いということなんです。
ただし、A社が源泉徴収義務を負わないためには手続きが必要で、非居住者が事前に租税条約に関する届出書という書類を税務署に出す必要があります。
非居住者が日本の税務署に提出、てちょっと無理筋じゃない?と思われるでしょうが、実務上、提出するのは日本に居る対価の支払側の日本法人や日本人です(来日時に非居住者のサインをもらって税務署に提出)。
こういった手続きはあまり知られていないですが、源泉徴収義務は「知らなかった・・・」では済まされないです。
海外との取引を予定されていて、源泉徴収の取り扱いに不安が有る方は是非ご相談下さい。
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